今回ご紹介するのは、Jonathan R. Mosedaleによる1994年にオックスフォード大学に提出された博士論文「Variation of oak wood properties influencing the maturation of whisky」です。この研究は、ウイスキーの熟成過程におけるオーク材の役割と、その特性の変動に焦点を当てた画期的なものです。
研究の概要
この研究では、スコッチウイスキーの熟成に使用されるヨーロッパオーク(Quercus petraea Matt. Liebl. と Q. robur L.)の特性について詳細な調査が行われました。特に、エラジタンニン、オークラクトン、その他の抽出物質、および物理的な木材特性の変動に注目し、これらがウイスキーの風味にどのように影響するかを調査しています。
主な研究結果
- 木材の伐採後の処理、特に樽の焼き入れや炭化は、多くの抽出物質のレベルに大きな影響を与えます。
- 樹木内では、可溶性エラジタンニンの濃度が心材の年齢とともに減少し、組成も変化します。
- 同じ年齢の心材を比較すると、異なる樹木間で濃度が最大10倍も変動し、心材乾燥重量の最大14%を占めることがあります。
- オークラクトンの濃度は心材の年齢とともに増加する傾向があり、樹木間でも大きく変動します。
- フランスの樽材に使用される2つの異なる森林からの木材サンプルを比較したところ、可溶性タンニンの総変動の70%以上が森林間で発生していました。
- エラジタンニン、オークラクトン、および多くの心材の物理的特性は、強い遺伝的制御下にあることが分かりました。
オーク種による違い
研究では、Q. robur と Q. petraea の2種類のオーク間で大きな違いが見られました:
- Q. robur:タンニン濃度が高く、加熱後はリグニン由来の生成物が多いが、オークラクトンのレベルは低いか無視できる程度。
- Q. petraea:Q. roburとは対照的な抽出特性を持ち、加熱後はより快適で複雑な風味を与える。
この2種間の違いが、異なる原産地のヨーロッパオーク材に見られる風味と抽出特性の主な要因であると提案されています。
この研究の意義
この研究結果は、ウイスキー業界に大きな影響を与える可能性があります:
- 樽材の選択:特定の風味プロファイルを目指す場合、オークの種類や原産地を慎重に選択することの重要性が示されました。
- 品質管理:樽材の特性がウイスキーの品質に大きく影響することから、より厳密な樽材の選別や管理が必要となる可能性があります。
- 新たな風味の創出:異なる特性を持つオーク材を組み合わせることで、新しい風味プロファイルを持つウイスキーの開発が期待できます。
- 持続可能性:オークの特性が遺伝的に制御されていることから、特定の特性を持つオークの育種や持続可能な栽培の可能性が示唆されています。
まとめ
この研究は、ウイスキーの熟成過程におけるオーク材の重要性と、その特性の複雑さを明らかにしています。ウイスキーの風味は、単に蒸留所の技術だけでなく、使用される樽材の特性によっても大きく左右されることが示されました。この知見は、より精密で計画的なウイスキー製造の可能性を示すとともに、ウイスキー愛好家にとっては、その複雑な風味の起源をより深く理解する機会を提供しています。